『刑事手続の新展開(上・下)』


刑事実務家の動態を知るための貴重な素材

これまでのスタイルと変わらない。

本書は、刑事実務家たる裁判官、検察官、弁護士が、それぞれの視点から刑事裁判の実情を踏まえ、その評価を記した書物である。既に同様の手法を用いて公刊された書物として、①『刑事手続上・下』(筑摩書房、1988年)、②『新刑事手続Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』(悠々社、2002年)がある。したがって、本書はその第3作にあたる。①の公刊以来、30年を経た。その間、刑事裁判、刑事訴訟法は、目まぐるしく改革、改正された。本書では、裁判員裁判制度や被疑者取調べなど、従前の刑事裁判とは大きく様変わりしたテーマを中心に、職業法曹それぞれの立場から示唆に富む分析が加えられている。法曹3者が「論争」の形をとる本書の方式は、これまでのスタイルと変わらない。各テーマをめぐって、彼らの考え方や基本的立場の違いがよく表れていてたいへん興味深い。

刑事実務家の基本的な考え方を知る上で、格好の素材

①が公にされたのは、私がまだ大学院で学び始めた頃である。誤解を恐れずに言えば、刑事裁判を評価するに際して、当時、「裁判・検察」と「弁護士・研究者」との間に、はっきりとした意識の違いもあったし、より直截的に言うと、先鋭的な対立もあったように思われる。それは、刑事裁判の現状を「よし」とする裁判・検察と、前近代的で抜本的な改革が必要だとする弁護士、さらにそこに研究者を加えた対立であったといってよい。このことは、「裁判官と検察官は、自らの現状に対して格別の問題も感じておらず、弁護士や学者からの批判に対しては、自信ありげに反論している」(村井敏邦)という①の書評に端的に表れている。「諸外国と比べ我が国の刑事裁判は優れており、それはひとえに裁判官や検察官が優れているからだ」と言わんばかりの主張は、いったいどの口をして言っているのか、片や「絶望」(平野龍一)しているというのに、ということであろう。しかし、①及び②を経て、今回、公刊された本書を繙くと、以前のような実務家間の先鋭的な対立は影を潜めた。少なくとも、現状の裁判に満足し、これを「優れている」と全面的に是認するような裁判官や検察官など、少数と言えよう。本書を読むと、どの法曹も、種々の論点が複雑に絡み合う刑事裁判改革を必要なことと受け止め、これに真摯に向き合おうとしていることがわかる。確かに、「検察官司法」、「調書裁判」、「人質司法」などと揶揄された旧来の刑事裁判を誰も「よし」とは言わないであろう。そもそも、これまでの裁判に満足できるのであれば、一連の改革の契機がどこから来るのか説明がつかない。諸々の改正や改革のそもそもの発端が、国民の司法意識の覚醒を目的として導入された裁判員制度等にあることを合わせて考えれば、公判前整理手続の中核である証拠開示制度や、その問題性が夙に指摘されてきた被疑者取調べの是正策(録音録画)に真摯に、かつ的確に対応しなければ、実務家として国民から支持されるはずもない。本書では、改革、改正された刑事裁判、刑事訴訟法に対する実務家の強い姿勢が示されているように思われる。いずれにせよ、①と②に続く本書は、刑事実務家の基本的な考え方を知る上で、格好の素材を提供してくれるものである。

3とりあげられているのは重要テーマ

本書の内容を概観すると、上巻では、大きな括りとして、「第1編総論」、「第2編捜査・弁護」から成り、その中で裁判員裁判、被疑者取調べの録音録画化、刑事免責・合意制度、被疑者国選弁護制度といったテーマが取り上げられている。さらに医療観察審判、デジタル捜査といった新規性の高い論点もピックアップされている。下巻では、「第3編公訴・公判」、「第4編証拠」及び「第5編裁判・上訴・再審」の括りの中に、検察官の訴追裁量、裁判員裁判を前提とした証拠調べの在り方、違法収集証拠排除法則、情況証拠論、再審事例の分析などが取り上げられている。いずれも看過できない重要テーマである。

刑事実務家の動態(意識)を知る上で、貴重

種々の改革が進む中においても、当事者の主張立証活動を十分に確保しつつ、淡々粛々と進行していく刑事裁判が理想である。奇を衒うことなく、全国どの裁判所でも、同じように手続が進行する「高度に組織化され、洗練された」刑事裁判が求められる。完璧な刑事裁判制度などはない。刑事実務家の力量は、これからも問われるし、本書公刊以降も、第4段、第5段の検証結果が適宜の時期に公にされる必要がある。法科大学院がスタートして約15年。「理論と実務の架橋」を強く意識した教育を念頭に置く、法曹養成教育に携わる身として、本書は、実務の現状を知る上で有益なだけでなく、それ以上に、裁判制度を動かしていく人間の、つまりは本書が裁判運営の基軸とする刑事実務家の動態(意識)を知る上で、貴重な文献といえる。

上田信太郎(うえだ・しんたろう/北海道大学教授)

(2018年10月16日公開) 


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