
死刑判決が確定した事件を糸口に再審(裁判のやり直し)法制のあり方を検証するセミナーが3月20日、東京都内で開かれた。「再審法改悪で死刑再審事件はどうなる?」と題し、NPO法人・監獄人権センターが主催。法改正へ向けた現況の報告に続き、袴田事件などの死刑再審にかかわってきた弁護士が具体的な事例に基づいて証拠開示の必要性などを解説し、法務省の改正案への危機感を表明した。
冤罪被害者の迅速・確実な救済へ国会が修正を
「法律は(開会中の)特別国会で変わる。問題は中身がどうなるかだ」
最初に登壇した鴨志田祐美弁護士はこう切り出した。日本弁護士連合会(日弁連)の再審法改正推進室長で、法相の諮問機関・法制審議会の刑事法(再審関係)部会委員も務めてきた。
法改正へ向けた経緯として、日弁連と連携した超党派の国会議員連盟が再審請求審での証拠の原則開示と再審開始決定への検察の不服申立て(抗告)禁止を柱とする刑事訴訟法改正案(議連案)を作成し、昨年6月に国会に提出されたものの今年1月の衆議院解散で廃案になったと説明。一方、法務省は法制審に部会を設け、9カ月間余に18回の会議を開くという「異例のスピード審議」で2月に答申がなされたが、冤罪被害者の声をほとんど聞かなかったことや、委員に再審をテーマにする研究者や一般有識者がいなかったことを批判した。
鴨志田氏ら弁護士の委員の強い反対を押し切る形でまとめられた法制審答申の問題点を指摘。①再審請求に理由があるかどうかの調査手続き(スクリーニング)が新設され、審判開始決定がなされなければ審理に入らず請求は棄却される、②裁判所が検察に証拠開示を命じる要件として請求理由との関連性や開示の必要性、相当性が求められ、開示命令が出ても検察は抗告できる、③開示された証拠の目的外使用が禁止され、違反には罰則が課される、④再審開始決定に対する検察の抗告は禁止されない——などを列挙した。
法務省は法制審の答申に基づいた刑訴法改正案を特別国会に提出する方針とみられる。鴨志田氏は、憲法41条が「国会は国権の最高機関で唯一の立法機関」と定めており、刑訴法改正が政府提出法案によらなければならない法的根拠もないとして、「法制審の答申による『再審法改悪』を阻止し、国会が冤罪被害者を迅速・確実に救済できる法案に修正して成立させるべきだ」と訴えた。
国会審議の動向を左右する自民党は3月24日から4月上旬ごろまでの予定で法務部会・司法制度調査会による事前審査を始めており、関係する議員に働きかけて国会提出前の段階で法務省案を大幅に修正させるよう提唱した。
死刑再審の弁護人が感じる「重圧」を吐露
監獄人権センター代表の海渡雄一弁護士は、受任している死刑再審事件の概要や経緯を話したうえで、死刑再審の弁護人が感じる「重圧」を吐露した。再審請求への裁判所の決定は前触れなく郵送で届き、棄却されるとすぐにも死刑が執行される危険があるうえ、棄却決定に対する不服申立ては理由書も添えて即時抗告は3日以内、特別抗告は5日以内にする必要があることなどを挙げた。
再審法改正をめぐっては、多くの再審事件を担当してきた経験を踏まえて「はじめから無罪を明らかにできるような新証拠が見つかっている事件はない」との見方を示し、証拠開示を広く認めるよう求めた。法制審の答申では裁判所が証拠開示を命じても検察は抗告できることも問題視し、抗告された場合に「裁判官が2回続けて証拠開示を認めるのは絶望的だ」と憂慮した。
また、答申に盛り込まれたスクリーニング規定を取り上げ、「再審請求の争点は見えていても、真相は審理の中で少しずつ浮かび上がる。新証拠の発見や関係者の証言が集まるまでには長い年月とたゆまぬ努力が必要で、十分な時間の確保こそが再審開始への重要なカギになる」と入口で再審の道をふさぐ制度に異を唱えた。
そして「法制審の改正案が法制化されると真相解明の機会を永遠に奪う」と語気を強めた。
袴田事件では「検察が証拠を隠していた」
2024年10月に再審無罪判決が確定した元プロボクサー袴田巖さんの弁護団に加わってきた戸舘圭之弁護士は、事件が発生した1966年に30歳で逮捕され1980年に死刑が確定した袴田さんが3月10日に90歳になったことを紹介し、死刑執行に怯えながら雪冤までに要した歳月の重みを共有した。
戸舘氏は、再審請求審では新旧すべての証拠を総合評価して再審開始の可否を判断すべきだと明示した最高裁の財田川決定(1976年)に触れて、「総合評価をするには証拠の開示は必然」と強調。袴田事件の第2次再審請求審で2010年に実現した証拠開示の意義を詳述した。
袴田さんの犯行着衣とされていた「5点の衣類」について、確定審で提出されていた写真と再審請求審で証拠開示された写真を映像で比較。ブリーフは黒色に染まったように見える写真しか出ていなかったのが、生地の緑色や血痕の赤みがはっきり分かる写真が開示され、長期間味噌に漬かっていたとの確定審の認定への疑念が確信に変わったことを解説し、「証拠を検察が隠していた」と非難した。
また、袴田さんには小さくて装着実験ではけなかったズボンをめぐり、検察がタグに記された「B」を根拠に大きいサイズのズボンが味噌に漬かった後で乾燥して縮んだと主張していたのに、「B」はサイズではなく色を表すとの証拠が出てきたことを「裁判所をだましていた」と咎めた。警察の取調べの様子を録音したテープも開示され、取調室に便器を持ち込んで排尿させたり弁護士との接見を盗聴したりする違法行為が明らかになったと説明した。
再審法改正に向けた状況については「あれよという間に動いたのはすごいが、法制審の抵抗で改正の内容が悪くなりかねない」と懸念。「十分な証拠が出ないまま有罪が確定するなど、誤判は思っている以上に存在する。小さい事件の中にも冤罪は埋もれており、そうした被害を救える制度にしたい」と力を込め、証拠開示を広く認めさせるために「証拠開示が無罪につながったケースをアピールしていく必要がある」との考えを示した。
スクリーニングの導入に激しく反発
セミナーを受けて、監獄人権センターは3月23日に「再審法改悪に強く反対する声明」を発表した。
冒頭で「再審法改正をめぐって恐ろしい逆流が始まり、再審の扉を固く閉ざす方向での改正がこの国会で強行されようとしている」と警鐘を鳴らした。法制審答申に対し、日弁連の声明を引く形で「再審法改正の本来の目的に反し、冤罪被害者の救済を迅速・容易にするものとなっておらず、かえって今まで以上に困難にしかねない内容を含んでいる」と危惧した。
具体的には、再審請求の審理をするかどうかを選別する調査手続き(スクリーニング)の導入に激しく反発しているのが特徴だ。袴田事件などを例示して「決定的に無罪を明らかにする新証拠は、裁判所の強い求めに応じて検察が開示した証拠の中から見つかる。審判開始決定後の手続きが真の冤罪救済につながる真っ当な内容に改められたとしても、初段の調査手続きで『棄却』となってしまえば何ら意味がない」と主張している。
さらに、①証拠開示の対象が厳しく限定されるうえ、開示命令に検察が抗告できる、②開示された証拠の目的外使用が罰則をもって禁止される、③再審開始決定への検察の抗告が禁止されない——などを問題点に挙げている。
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
【編集部からのお知らせ】

本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。
(2026年03月30日公開)